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2012年11月 3日 (土)

お城訪問「舟見城址館」

以前、誰かの記事で見た入善町の舟見城址館に行ってみました。
擦れ違うことが難しいような細い道を車で山の上まで上がると駐車場があった。
駐車場の横には模擬天守風の資料館が真正面に見えている。カワイイ!(* ̄ー ̄*)
山の上は意外と広く、何故か資料館の対面には五箇山風の合掌造りの家があった。
駐車場には管理人さんのものと思われる軽四が一台置いてあった。
管理人さんは、ここに住み込みなんだろうか・・・麓から車で5分程だから、そんなことはないだろう。

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舟見地区の入善の町を見下ろせる小高い100mほどの山の上に城址館は築かれている。
富山湾を望める位置にあることから「舟見」の名称が付けられたものかも知れない。
『ここからは舟は見えなかっただろう。舟見は地名だよね。


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舟見城は、平安時代の末期に宮崎城主の宮崎太郎の摘子であった入善小太郎によって築かれた。
『入善町は、入善氏の名前から来たのだろうか!知らなかった。


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上杉謙信が越中に侵攻してきた際、舟見城主の飛騨守五郎左近尉が防戦したが破れ落城したという。
老婆が城の水の手を上杉軍に知らせてしまい、水の手を絶たれ篭城できなかったという話が残っている。
城から脱出した飛騨守であったが、黒部川の断崖から飛び降りて自殺したという。
その場所は「飛騨が淵」と呼ばれ現存している。
『案内看板を曲げたのは誰だ。 それよりも熊が出てきそうで怖かった。今年は熊多いよ!

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入善町の観光地案内には、中世末の山城跡に建てられました。
城のデザインは、観光的要素を取り入れて現代風に建築されています。
展望閣からは黒部扇状地や富山湾が一望でき、「とやま森林浴の森」に指定されています。
『この藁葺き古民家については一切分らなかった。これは誰の住まいだろう。

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コメント

船見城というのは初めて知りました。
こんな資料館あったんですね。
知る人ぞ知る感じでしょうか?
今度機会があれば行ってみます。

おっぺらさん
何が目的で、ここに城址館を建てたのかと不思議に思いますよ。
資料館にしては資料も少なく寂しいとこですよ。それに入館料200円です。

船見城は、はじめて知りました。
富山県東部を自動車で通ったとき、佐々成政と上杉の争ったところが、山の中にあって、
寄り道して、入り込んだことがあります。上杉との抗争地で、山城なども多いのでしょうね。
東三河で、城址館のあるのは、長篠城と田原城の2つだけです。何か、由来があるのでしょうね。

としちんさん、コメントありがとうございます。
言われる通り、富山は山城が多くあります。魚津には松倉城、砺波には増山城があつたようです。
数年前、増山城址に城好きの「春風亭昇太」さんが訪れ大変話題となりました。
増山城址は訪れてみる価値ありますよ。城址館は整備されていませんが、
周囲が谷になっていて橋を渡って入ります。まるで古墳のようです。
東西の境目で上杉の侵攻から守る要塞が必要だったんでしょうね。

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