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2012年11月 2日 (金)

魚津市の鉄道高架と角川

魚津市のSCサンプラザ横の立体駐車場から市街地を撮影してたら、特急電車が過ぎて行きました。
魚津市の鉄道の一部が高架になったのは1967年9月だそうです。
なぜ、高架になったのか、1956年(昭和31年)9月10日に起こった、「魚津大火」に端を発するそうです。
夜8時前に原因不明の火災が発生、狭い街路、密集した木造家屋の為、消防車到着時には、手が付けられないほどに燃え広がっていたそうです。瞬く間に市街地の北側が消失しました。
大火からの復興の際に、「街を一から造り直す。」鉄道を高架化して踏切を解消したそうです。

Dscn1950_1280x883

もう一枚の写真は魚津の「角川」(かどかわ)です。
新湊のベニス・内川を何回も撮影させて頂きましたが、以前から魚津の角川も気になっていました。

Dscn1957_1280x960
角川は、魚津市の松倉地区から始まる2級河川です。
この角川河口周辺にも、昭和を感じさせる素晴らしい雰囲気の町が残ってるよ。
COOLPIX P310撮影

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コメント

魚津の町は、燃えたところと燃え残ったところがわかりますね。
住宅地がごちゃごちゃと密集して車も通れないほどの細い路地があるところと、割と広い道路があるところですね。

おっぺらさん、「寒くなりましたね。」
実は、偉そうに知ったふりして記事書いていますが、私、魚津の燃えた場所がよく分かっていません。
新宿通りと、中央通りの間に通りが狭い住宅の密集地区がありますが、この辺りは災害を免れた場所でしょうか!
車で入って行ったことがありますが、こんなとこにと思う場所に寿司屋さんなどがあったのを憶えています。
角川は内川に比べると、保存して観光名所にしたいという地元の意識が薄いように感じますが、なかなか良い風情を持っています。
洪水の危険性がある河川ですので、内川の様にはいかないかも知れませんね。

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