2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

« 高岡の港町・伏木を散策 | トップページ | 「東京ストアー」の民事再生 »

2013年1月23日 (水)

伏木の町を坂の上から撮影

伏木駅前から勝興寺に向かって坂道を上りましたが、伏木の町は結構な坂道でした。もし大きな津波がやって来たら坂の上に避難する計画なのでしょうが、海から本当に近い港町、これくらいの高さの山では厳しいかも知れないね。( ̄◆ ̄;)

Dscn2563_1150x1580

私たち富山市に住む人にとって伏木は、きっと訪れた人が少ない地域だろうな。 雨晴や島尾海岸に海水浴に行くときに通り過ぎるのが伏木地域だよね。伏木の美味しいお店の噂も聞かないし、同じ港町の新湊とは町のパワーが違って感じるね。 坂の上の少し高い場所から小矢部川の河口方面を撮影。緑の手前にJR伏木駅があります。

Dscn2553_1580x1185_2

もう一枚は、伏木中央町方面を撮影。この先は直ぐに富山湾になります。

Dscn2552_1580x1185_2
こちらは国分海岸方面になります。万葉の里は、この方面かな?

Dscn2551

広い平野が、どこまでも続いている富山市に住んでいると、限られた狭い地域に暮らす人たちの生活は良く分からない。 人口はどれくらいなの?伏木に小学校は幾つあるの?中学校は一つだろうな。皆さんが顔馴染みなの?こんな狭い地域だからこそ、昔からの文化が残るのかも知れないね。
COOLPIX P310撮影

« 高岡の港町・伏木を散策 | トップページ | 「東京ストアー」の民事再生 »

高岡市」カテゴリの記事

コメント

子供の頃、雨晴に連れて行ってもらった時、伏木の坂道を通りますが、
ジェットコースターのような、急こう配に感じられました。

自分が免許を取って走るようになると、それほどでもないのですが^^;

R.Ptarmiganさん
私、新湊大橋を堀岡側から渡り始めると中央部前の坂道がとても怖く感じます。
急で側壁が低いから落ちてしまいそうに感じます。よそ見してるからかな!

伏木はなんといってもけんか山。
曳山にかける情熱は並ではないですよ。
一度は見てそのエネルギーを感じてみてください。
新湊とも高岡とも違った曳山ですよ。

おっぺらさん、
昔、会社の人で伏木の人がいて是非、けんか山見てと勧められました。
残念ながら、その頃はまだ若く、曳山がどんな物かも分かっていませんでした。
結局、いつでも見れる・・・また来年でも、と見送ってしまいました。(´;ω;`)ウウ・・・。
曳山に掛ける情熱は不思議な世界に感じますが、一度は見てみたい、けんか山かな!

昔から住んでる人が多いだろうね。
大学とかは ないから 外部からの若者は あまり入ってこないかも。
友人が 高岡から 伏木に 嫁にいったなぁ。

まぶちょんさん
勉強不足なんだけど伏木は昔は、伏木町で高岡市と合併したのかな?
伏木は港町として栄えた時代があったように感じる町だね。

伏木地区の小学校は、伏木、古府、太田の3校あります。
中学校は伏木中学、あと、伏木高校がありますね。

伏木高校は、貿易港である伏木港のある地区の学校、ということで、
昔から国際関連の特別科目があったので、
ほとんどの人は、伏木以外の地区の高校へ行かざるをえません。
そのため、地元からまったく出たことのない若者は、少ないと思います。
出た後、どうなるか・・・
連絡を取り合っている、伏木出身の友人がいないので、
わたしには、知るすべがありません。


伏木地区は、小学校区ごとに、特色がちがいます。
海(氷見)側の、太田地区、
伏木の中心部の、伏木地区、
少し内陸側の、古府地区・・・

そういえば、今の、高岡市役所伏木支所は、
旧伏木町の役場が前身である、と聞いたことがあります。


わたしが住んでいたのは、古府地区でした。

ここは、小矢部川沿いの工場地帯で働いている人が多く住んでいたこと、
海上保安庁など、港湾関係官庁の宿舎があったことから、
ずっと地元に住んでいる人と、いわゆる転勤族の、混ざり合った地区でした。
わたしの家は、工場とも官庁とも関係はありませんでしたが、転勤族のほうでした。
ここは確かにいいところだけど、
いつかは、ここからいなくなるんだ、と思いながら、育ちました。

伏木に来る前に住んでいたところと比べると、
圧倒的に不便で田舎で、しかも言葉もあまり通じなくて、
仲間はずれになって悲しい思いをしたことが少なくないのに、
不思議なことに、いつか出て行ってやる、というよりは、
いつまでここにいられるんだろう・・・という感覚でした。
今でも、「ふるさと」の歌を歌うと、思い出すのは、二上山や小矢部川なのです。


残念ながら、伏木地区の中心部のことは、よく分かりません。
昔から住んでいる人が多い、くらいにしか・・・。

そのせいでしょうか、愛校心、というか、郷土愛、というか、
そういうものは、古府小より、伏木小の出身者のほうが強いように感じていました。

伏木中学に上がったら、そのへんがどうなのか、
もっとよく分かったかも知れませんが、
中学からは、高岡市のより中心部のほうへ転居したので、
そのあたりは、分からずじまいです。


同じ県内なのに、なかなか行く機会のない、近くて遠いふるさと・・・
それが、わたしにとっての伏木です。

けにやさん、ありがとうございます。
私は以前、大学関連の仕事をしていた事がありまして、当時の高岡短大さんに週に数回、顔を出しておりましたが、
その帰り道に新湊の街なかや伏木の倉庫地区(住んでおられた周辺かな)を車で通るくらいでした。
ですので、勝興寺さんがあることも知らない、同じ富山県民ですが富山市のみを中心に行動していました。
でも、まだ「如意の渡し」運行していた頃で、私にとってはその頃の伏木の方が好きだったかな。20数年前のことです。
新しい橋が架かったり・・・随分とその頃と変わったように感じますが、基本は伏木は何も変わっていない。
もう少し、整備すれば富山県内でも一番の観光地となる要素を持つ町だと思います。
狭い地区に「港」「町」「山」を持つのは県内で伏木と氷見だけですね。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 伏木の町を坂の上から撮影:

« 高岡の港町・伏木を散策 | トップページ | 「東京ストアー」の民事再生 »