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2013年4月12日 (金)

磯部のサクラと黒百合伝説

富山懸護国神社の裏側に位置する「磯部堤」のサクラを紹介します。
富山のサクラといえば「松川沿い」が有名過ぎるくらいに知れ渡っています。富山市の中心市街地に生まれた者にとってサクラといえば「磯部」と子供の頃から親に教えられました。「磯部のサクラの方が綺麗よ。」と母親が言っていたのを想い出します。ただ磯部堤も松川沿いも、場所が違うだけで同じ川沿いになります。

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布瀬橋より始まる磯部堤から、城址公園の北を流れ、桜橋の先の東田地方(ひがしでんじがた)へ続く一帯全部を「松川べり」と呼んでいます。「松川沿い」とは、安野屋周辺から桜橋までの川沿いを呼んでいるで正解でしょうか。この近くで生まれましたが良く知りません。 

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磯部堤から、いたち川との合流点までにソメイヨシノが460本植えられています。
全国に市街地の最中心部を流れる川の両岸に桜が植えられている桜の名所は殆ど無いそうです。

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今回、磯部堤を歩いて初めて気が付いたことがあります。
富山懸護国神社さんの裏にある「黒百合伝説」と一本・榎(えのき)。 
佐々成政に寵愛された小百合は、いわれのない罪で榎に吊るされ斬られたそうです。
「立山のざら峠に黒百合が咲くとき、あなたを滅ぼしましょう。」という呪いの言葉を残して果てたそうです。


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観光名所ではない富山市の「小百合観音祠堂」です。この近くに小さい頃は住んでいましたが、ここは良く知りません。 
COOLPIX P310(H25.04.05)撮影

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コメント

黒百合伝説を知っている人は、少なからずいると思うけど、この場所は初めて知りました。

ここで、斬られたという事でしょうか?

実家が護国神社の近くなので、私もサクラと言えば「磯部の土手」です。
子供の頃は、冬はそり遊び(みかんの木箱製)や竹スキー、
春はお花見・夏は花火大会と、よく磯部の土手へ行ったものです。
今でも実家に顔を出した時には、磯部堤を散歩しています

R.Ptarmiganさん
私も実はこの場所を知りませんでした。小百合は、この横にある一本榎に吊るされて斬られたそうです。
それと富山大空襲の際に犠牲になられた方を河原で埋葬し観音堂で供養したように案内板に書いてありました。
入口の門は開いていましたから邸内へ入っても良いと思いますが、静かで入る者を寄せ付けないような雰囲気が
ありました。また、いつか出掛けてみたいです。

午後5時のゴジラはトヤマノヤマト さん、ありがとうございます。
私の亡くなった父親の実家も護国神社からフェリオへ続く、平和通り沿いに今もあります。
母親の実家は「星井町」ですが、私が生まれた時には「東町」に住んでいたようにも聞いた憶えがあります。
磯部堤と書きましたが、正確には「磯部の土手」ですよね。勿論、磯部堤と呼んだことなどありませんよ。
護国神社を訪れるようになったのはカメラを手にした2年ほど前からです。
私からみますと今も昔も、この周辺は富山の高級住宅街ですね。

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