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2014年7月23日 (水)

「コンパクトシティ」から10年続き

富山市の『コンパクトシティ計画』から10年で見えた・・・続きになります

富山市南部地区の月岡地域では大規模な住宅の分譲があって1000戸以上の大きな住宅街が30年ほどで整備されましたが・・・、

「周りは田んぼばかりだけど、将来はスーパーや病院も出来るよ。(雪は街に比べたら多いけどね。)」

と言われ、期待に胸膨らませ郊外へ移り住むことを決めた人達が30年経って間違いだった事に気が付いて・・・・住み慣れた南部地区を離れ始めています
でも、この地域の「売り家」や「土地」を買って移り住んで来る若い人が僅かですがいるのも事実です。余程、土地が安いということだと思います

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この地域で育った若い人達も当然のように、同じ富山市内でも賑やかで便利な地域で住宅を建て移り住んで行きます。その結果、この地域は市街地に隣接するにも関わらず、高齢化率が市の平均(26%)を大きく上回る33%以上『超高齢地域』となりました
山沿いや海沿いではない、中心市街地から車15分程度で行ける直ぐ近い地域になります

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南部地区を横切っている広域スーパー農道の交差点で見付けた看板には・・・・

『守れ越の野の自然 高めよう地域の環境』 と書かれていました。

若い人が離れていかないような環境の整備が重要だと思います

ただ富山市は『中心市街地への居住』を施策としていますので・・・、
「中心市街地」と「郊外」に大きな格差を付けようとする効果が成果を現しつつあるようにも感じます

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