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2014年8月 9日 (土)

中越パルプの二塚工場

高岡市に出掛けた際に、この工場の横の道を走ります。高岡市二塚にあります「中越パルプ工業 二塚製造部」です。新聞用の紙を製造しておられるそうですが、県西部を代表する大企業になります

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二塚の工場にはJR城端線から線路が工場内に引き込まれています。でも一度も貨物が走っている姿を見たことありません

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工場を撮影していて想い出しましたのは・・・神奈川県の「京浜工業地帯の父」「明治のセメント王」と呼ばれた浅野総一郎さん(1848-1930)は富山県氷見市の出身でした・・・関係ありませんでしたね

ライトアップされた工場の見学・撮影ツアーが臨海工業地帯で大人気だとテレビで観たことがあります。
私も複雑な造形の建物に魅力を感じますが・・・企業秘密もありますし、近付いて撮影することは難しいですね

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コメント

私も、工場、特に化学プラントなんぞ大好きです!
蒸留塔や反応器、それらを結ぶ血管のような配管たち・・・芸術ですよね。
アサノセメント、その後の日本セメントの創業者は、氷見だったのですか。知りませんでした。東京でもゆりかもめに乗車すると、レインボーブリッジ渡る前に、住友セメントの工場がバッチリ俯瞰で見られます。いつも、楽しみにしています。

キハ58さん、ありがとうございます。
「浅野総一郎」の活躍は同じ富山出身の「安田善次郎」の支援あってのことだそうです。富山駅前の明治安田生命ビルの前には安田善次郎の銅像が建っています。また雨晴海岸から、先の氷見の海岸線には浅野総一郎の銅像が建っています。富山が誇る二人の偉大な先人です。それ以後の富山出身の偉大な人物は・・・思い付きません

SILVIAおじさん さま
こんにちは~
中越パルプの写真、お見事だと思います。
近代では正力松太郎は如何でしょう。

越後では新潟の隣、新発田から大倉喜八郎あたりでしょうかね。

輝きジィ~ジ様
お褒め頂きまして嬉しく思います。
そうですね以前、射水市の旧大門町にあります正力松太郎記念館を訪問しました。
ただ偉大な方の割には記念館は充実していなかったように感じましたよ。
高岡地区で読売新聞が現在でも強いのは「大正力」が残した大偉業だと思います。

昔、お仕事で行ってました。貨物列車にも何度かは遭遇しました。帰り道でゆっくり走ってくる貨物列車に危うくぶつかりそうになった記憶があります。踏切に遮断機なかったのかなぁ?

Kimuさん、ありがとうございます。踏み切りに遮断機はないように思います。
私の勤め先は工場から南へ行った砺波市の北東部にあります。
冬場は砺波市側の歩道は綺麗に除雪されているのに、高岡市側は全く除雪されていなかったりと市の外れにある地域の対応の違いに驚かされます。工場のある場所とは住所が違いますが、高岡市戸出地区が昔は東砺波郡だったことはご存知ですか。

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